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差別意識
私の友達がムカついている。
「他国の人を支那・チョン公・三国人と呼んで、あえて不快な思いをさせるような差別意識は許せない。」
正論だろう。原点はどう話されようとも、現実に言われた方が深いであれば、その言葉は本来使って相手を呼ぶべきではないのだろう。

差別については、東北出身の私にはあまりわからない。関東以西では、支配される事を良しとしない人たちを明確に区別するための「エタ・ヒニン」の感覚が無い。
街からちょっと山へ入ると、普通に狐や兎の肉を食していたし、普通の暮らしの中でもある一定の人数を持つ小さな集落を「部落」と呼んでいた。何の差別意識もなかった。
それが、東京の大学へ入ってびっくりした経験を持つ。
「部落というのは、もともと日本人扱いされなかった汚れた人たちの集落だから」
そんなもんあるのか?と、ものすごくびっくりした。

更に大学時代には「地方蔑視」と感じることも多々あった。
「どこから来たの?」
「へー!○○って、電車を汽車って言うんでしょ?」
「なんでみんなほっぺが赤いの?変なもの食べてるから?」
「プッ。なにそのイントネーション」

言ってる相手は何にも感じてないだろうに。言われた方はドギマギしてしまう。
国もそうだろうけど、地域地域でも多かれ少なかれ上記のようなことはある。自分も田舎者なのに、更に田舎の人間を同じ扱いで差別してしまう。
自分の優位性を確認したいのだろうが、された方は少なからず傷ついている。

しかし、ですよ

そういった差別は決して無くならないと思う。なぜなら自分の存在を大切に思いたい心情があるから。
まったくの他人である人たちが、スポーツの国際大会では勝利を祝い、お互い抱き合ったりする。それは民族としての動機の共有があるからでしょう。
逆によく韓国などからされるように、「日本人が悪い」「日本人はだめだ」といわれたら、それは結束して反発したくなるのも同じような心理が働くからでしょう。
そして、最初の友達のように違和感を覚えるような差別的使い方で相手を呼ぶようになるのでしょう。

人の嫌な事はしないようにしましょう。

正しい教えですね。自分も子供も、そうありたいと思います。
ただ、外国人に対しては、それを実行することで相手が延々と付け上がっていく現実もわからないとね。耳に痛くても、しっかりと議論する姿勢を持てばよいと思います。
差別された・いじめられたなどの言葉は、子供が言うならまだしも大人が使う言葉ではないと感じている。なぜなら「~された」は、「~してほしい、してくれてあたりまえ」の裏返しだから。


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未分類 | 11:17:02 | Trackback(1) | Comments(3)
本多弥八郎に学ぶ
かつて、海外との窓口を小さくして国内へ日本的なよい点、悪い点をも伝統として残した徳川幕府。初代徳川家康の苦労の人生については、多くの方もご存知でしょう。
忍耐の代表のように言われますが、相当のかんしゃくもちであったらしく、その爆発を抑えたのは苦労を共にした家臣団。そして家康本人の資質です。

家臣団には、当然ながら武勇優れた綺羅星が多くいますが、今回はその中でも本多弥八郎に注目しました。
何故ならば、今行なわれている官僚政治・クレクレ団公務員の存在に非常に疑問を感じてきたからですね。

弥八郎正信は、一向一揆の際には家康と敵対しながらも、戻ってからは家康の影の存在として、徳川軍団の兵站を担い、外交政策の立案をしていきました。
彼が居なければ大変であることを、一番わかっていたのは主君でしょう。

その後、二代秀忠へ附されて跡継ぎ教育に勤しみますが、大変な苦労だったでしょう。なんといっても初代の存在感の凄い企業の跡取り育成しなくてはならないのですから。
文官として蔑まれながら、家康・秀忠に仕えた正信は、武将へ下賜された数十万石の恩賞などは与えられませんでした。

弥八郎正信は第一線を退く際にも、家康の側につけた息子の正純へ言っています。
「政治を動かす者は、決して多くの石高を望んではいけない。」

国民の生殺与奪の権を握っている存在が、己の栄華を見てしまったら保身に走り、そして民の生活よりも己の欲のために行動することをわかっていたのでしょう。
その後、正純は一万石以上の恩賞を受けてしまい、没落の一途をたどりました。

己の生活を守るための恩賞は貰っている。それ以上は毒にしかならない。

一度味わった毒の魅力は、本人も、家族をも酔わせるものでしょう。だからこそ手放せないことでしょう。防衛事務次官ですら、己の矜持を守ることはできませんでした。

自分と子孫のために、国民のためになる政治をする。行政をする。
それが議員や官僚・公務員の本来の姿だと、昔から思い続けています。
自分にはその気概が無く、成功してみたい!との欲があったからこそ、リスクのある会社員を選択したのですから。

議員・公務員には一生の生活不安を無くする「だけ」の保証は必要です。
しかし、資産を残すことは許されません。全て国へ返すべきだと考えています。なぜなら、一代でしか仕事の効果は評価されないからです。

公務員給与・賞与の本来の意味が違ってるのではないか。
そんな思いでつらつら書いてます。

未分類 | 20:18:37 | Trackback(1) | Comments(0)
守りたいこと
国を守る。自らの仲間を守る。大切な人たちを守る。
本来、防衛というのは純粋に大切なものを守るという考えでしょう。

自分の作った集金システムを
肉欲の対象を
偉ぶる組織を

そんなものを守ろうとするのは、防衛ではないでしょう。単なる保持欲。

あぁ・・政治を見ても、周りを見ても、本音が通じない人ばかりが多い。
耳障りのよいことだけ話し、それに乗っかる「自分だけは善人」宗教。
あなたは子供を守ってますか?
大切な家族と先祖に感謝していますか?
愛する友達を愛し続けていますか?

そして、それが守るべきものじゃないのですか?

排他的なもの
他者を悪と訴えるもの
己の能力を金にしか使えないもの
我慢ができないもの


そんな人たちがいない世の中に生きたいなぁ
競争おっけー
喧嘩おっけー
恋愛大賛成

でも、どんなときでも周りの人を大切にしていきたい
そんな世の中を夢想してます。

未分類 | 21:33:08 | Trackback(0) | Comments(2)
激ワラ
201699.jpg


未分類 | 21:00:00 | Trackback(0) | Comments(1)
銃社会
先日の5歳児による猟銃誤発射事件の記憶も新しいが、今度は出ました!○ちがい男。
近所でも変わり者と有名な男による、乱入殺戮事件。
単純にバカに銃の所有許可がどうのこうのって問題じゃない。

銃を持てる法律が問題です。無くしましょう。

日本は、武士の魂とも言える日本刀をも捨てさせた実績があります。
太閤秀吉は、農民から全ての武器を奪うこともできました。

キチガイから武器を取り上げる必要あり。
何よりも、これだけ不法入国外国人が増え、ミーイズムに侵されまくってるキチガイが多いと
もはや身の危険だらけで、まともな生活が送れません。

理由・理屈はいらない。自衛隊・警察と要人警護職以外には、何の武器も必要なし。
それを破って持つだけだとか、馬鹿げた言い訳をする人間もいるはずだけど、個人がそれだけの自己を律する精神力を持てるとは思えません。この教育では、人を害してでも己の欲望を遂げようとする人間によって、武器が使用されることは間違いなし。

すぐに不要な武器を取り上げましょう。
猟師と呼ばれる人と、趣味で猟銃を撃ちまくるバカとは明確に区別しましょう。
それと、作業に使用する以外の刃物も、当然不要です。捨てましょう。
持っているだけで重罪になる法律を作りましょう。
核兵器と違って、持ってたら使いたくなるのが武器ですから。
アメリカ合衆国が、どれほど偉そうに人権を語っても、己が他国に武器による介入をしている限り北朝鮮の核兵器をも責められません。
銃器犯罪を無くせないようなアメリカに、偉そうに言われるのは片腹痛いし。

未分類 | 17:21:46 | Trackback(0) | Comments(1)
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